政策方針

国民は「公」依存から卒業を
 
公務員受難の時代
 いまや公務員受難の時代といえる。人は減る。給与・年金は減る。宿舎は取られる。権限・ポストは取られる。何でも悪者扱いされる。
 もともと、役所・役人には、その無駄、非効率、特権的態度に対する根強い不信、反発がある。加えて経済の停滞、民間企業の合理化、リストラ、倒産、失業の不安、国・地方の財政赤字の増大で、不信感が格段に高まってきた。「公務員にも痛みを」「国民負担を増やす前に役所、役人のリストラを」との国民の声となり、公務員の不祥事により加速されてきた。
 そのうえ、「官から民へ」の改革に対する抵抗勢力のレッテルが張られ、挙げ句は「すべての問題の解決は公務員叩きにあり」といわんばかりの風潮である。これに対し、「公共的サービスはなんでも減らせばいいというものではない」「公務員の士気が低下する」という声もあるが、与野党を問わず公務員批判を競わんかの勢いであり、マスコミはやんやの喝采、国民ももっとやれの大合唱の観がある。
 それはそれでいいが、公務員叩きが行政改革の推進力となっているのはおかしい。そのことで行政改革がいびつなものになることを懸念する。
 20〜30年前と比べ経済は大きく成長し、民間の力が大きくなった今日、行政制度も変えていかなければならないのは当然である。ふりかえってみると、わが国は敗戦後一貫して経済成長、福祉の充実を目指し、そのために公共の役割が強調されてきた。
 「多様なニーズに応えよ」「行政サービスを拡充せよ」「セーフティーネットを確立せよ」の要望を受けて行政は肥大化し、公務員は増加してきた。その結果、公的制度依存の国民体質が定着し、それが更なる行政の組織、権限の拡大、公務員の増大、行政経費の増大をもたらしてきた。
官と民のすみ分けが必要
 小泉改革は、このような敗戦後体制の変革を目指すものといえる。これから、効率的で簡素な政府(小さな政府)を実現していくことになる。小泉総理の「官から民へ」の強力なリーダーシップにより、改革の流れが定着することになった点は、きわめて高く評価されるべきである。
 問題は、ただ「公務員がけしからん」「民間がもうかるようにすべきだ」という論理だけで強引に進められてきた部分があることであろう。改革の方向が定着した今からこそ、これまでの成果を踏まえ、改めて今後の時代にふさわしい公務・公共サービスの範囲、ありふさわしい方について一定の理念を持って行政制度の体系を構築していく必要がある。
 これから考えねばならないのは、公が行うべき事務・事業の範囲はどうあるべきかということである。今まで官で行なってきた事業を仕分けし、もはや官でやる必要のないものは官でやらない、税金は使わないこととし、行政組織、公務員を減らし、行政経費を減らしていくことで税負担を減らしていくことが必要である。
 ここで注意すべきは、公がやるべき仕事について、役人にやらせず民間企業にやらせる、つまり税金の使い道を公務員でなく民間に、という主張だ。これでは行政経費は減らない。民間委託とか、市場化テストとかにはこの危険性が伴う。これらの対象となる事務・事業は、いずれ官は行わないことにする、としなければならないであろう。
 公務の範囲、あり方の見直しが行われれば、それを担う公務員の範囲、あり方が見直されることは当然である。改革の推進により、すでに公務員でなくなったものも多く生じている。例えば、現在公務とされているものについて、権力行政、サービス行政、行政対象外に区分し、それぞれを担う者の処遇、身分保障、秘密保持義務、給与決定のあり方などを区分すれば、「公務員とは何か」もわかりやすくなるのではなかろうか。
 公務員関係の労働組合は、一貫して公務員の労働基本権の確立を主張してきているが、これにより解決できることになるのではないか。そんなことから、今年3月の政府と連合との協議において、「労働基本権を付与すべき公務員の範囲」について議論する場を設ける、との合意をみた。そこではこれからの公務の範囲、あり方、それを担う公務員の範囲、あり方、それらを踏まえた公務員の労働基本権を含む労使関係のあり方、などが議論されることが期待される。
地域共同体を基盤に
 このように、公務、公務員のあり方を変えていく上で不可欠なのは国民の意識改革である。かつてはみんな家族、地域で支えあって生きてきた。ところが高度成長期を通じ、個人優先、経済優先の考えの下に、あらゆる生活が外部化し、社会化し、行政は肥大化し、公務員は増え、家庭は破壊され、町内会は弱体化し、個人は公的制度に依存しなければ生活できない社会になった。叩かれている公務員の側からは、「こうなったのも、国民の要望に応えてきたからではないか」というボヤキも聞こえそうである。
 公的制度に依存する国民の体質が変わらない限り、改革は実現できない。改革は国民にとっては、公的制度依存社会からの脱却である。これを実現するためには、国民の皆さんがこれまで役所にやらせてきたものを、自分(家族、親類、町内会)でやる、必要ならば自分で民間企業と契約してやってもらうということである。
 その覚悟を持って改革を実現し、生活共同体である家族や町内会を基盤として、支え合う社会を実現していくべきではなかろうか。
(人材ビジネス 2006年6月1日/vol.239 連載第1回 永田町から より)