政策方針

出生率の向上こそ真の目的
 
表面的な少子化対策の議論
 ついに、わが国は人口減少社会に突入した。ずっと以前から予測されていたことであるが、それが現実となり、それなりに衝撃を与え、少子化対策の緊急性が改めて叫ばれている。
 これまでにも、少子化は労働力不足、社会保障制度の破綻など、あらゆる深刻な問題の根本原因であると言われ、出世率の低下を食い止めるべきである、ということがいわれてきた。これまで、与野党とも少子化社会対策を進め、2003年には少子化社会対策基本法、次世代育成支援法が制定され、格段の施策の強化が図られた。にもかかわらず、出生率の低下はなお進行し、ついに合計特殊出生率は1.30を割り込み、さらに低下する傾向にある。
 これまでの少子化対策で少子化の流れを食い止めることができなかったことを深刻に受け止める必要がある。「政府は少子化対策に真剣に取り組んでいない」という批判があるが、それらの論者も対策の中身はほとんど政府の施策と同じであり、単に予算額が少ないという不満に過ぎないものが多い。
 高齢者対策の予算に比べて、少子化対策の予算が格段に少ないことを指摘する議論もみられるが、何に使うかという意見を備えていないものが多い。少子化対策の強化は国民受けするスローガンではあるが、具体的な名案があるわけではない、というのが実態であろう。
 そんなことから、国民の間には「出生率の低下、人口減少は止められない」といった将来に対するあきらめに近い雰囲気や、「今がよければいい、どうにかなるだろう」という楽観ムードも生じている。
 このような雰囲気の中で、なし崩し的に出生率が低下し続けることを容認することになれば、社会の崩壊となろう。今こそ、「少子化対策とは何か」という根本にさかのぼった議論を、国民で共有しなければならない。個人や企業にとっては、当面のより深刻な問題があるにせよ、少子化対策の議論が表面的なものにとどまっていることこそ深刻なのである。
結婚、出産は個人の自由だが
 これまでの少子化対策は、「結婚や出産は個人の自由な選択の問題」という考え方を基本としている。これに基づき、少子化対策は出生率の向上を目的とするものではなく、「子供を安心して生み、育てやすくするための環境整備」を目的としている。そのための施策として、家庭と仕事の両立支援、子育て支援、経済支援が掲げられ、具体的には保育所、児童手当、育児休業などの支援策の拡充強化が図られてきた。
 しかし、私は次の視点からの議論が欠けていると考えている。

(1)「結婚や出産は個人の自由な選択の問題」という言葉が、誤解を生んでいのではないか。
(2)少子化対策は出生率の向上を目的とするものであることを明確にすべきではないか。
(3)支援策を拡充することだけでは、出生率の低下を反転させることはできないのではないか。
(4)出生率の低下は、産業経済、社会保障などへの大きな影響にとどまらず、民族、国家の存亡にかかわる問題として考えるべきではないか。

 結婚するか、子供を生むかは個人の自由であり、強制されるべきものではないことはいうまでもない。しかし、このことを強調するあまり、個人の自己実現や豊かな生活と、子供を持つことのどちらかを選択すればよい、と考えるようになってきたのではなかろうか。
 その結果、経済的、心理的負担の多い子どもを生むことが選択されにくいと考えられ、子どもを生むことを選択してもらうには、金や手間の負担の軽減のための支援策が必要、ということになった。
 支援策が講ぜられたにもかかわらず、効果が出ないことから、それは支援策が不十分ということになり、さらなる支援策の強化が図られた結果、ますます子育ては大変な負担という意識が一般化し、子どもを生むことが避けられるという悪循環になってきたのではないか。
子供を生むのが当然の社会に
 このような悪循環は、過度の個人優先の考え方に基づくものである。また、かつての「産めよ増やせよ」ではないか、といわれることに対する警戒から生じたものである。
 このために、少子化対策は出生率の向上を目的としてはならず、子どもを持った人に対する支援を行い、子どもを持っても負担が少ないと思う人が増えれば、出生率の向上が期待されるという考え方、施策とつながってきた。
 子どもを生むことと他の何かが、選択の問題として考えられるべきことであろうか。結婚し、子どもを生み、育てることは自然、当たり前の事ではなかろうか。皆がそう思う社会にすることが少子化対策の基本であり、国民運動を通じた社会の意識改革がまず重要なのではなかろうか。それでこそ、子育てに困っている人に対する支援策が効果を発揮するのではなかろうか。
 最近聞いた、20〜30代の若い母親グループの方々の話が印象に残っている。「自分たちは職業に就くこと以外の人生があることを教えられないまま成人したので、結婚、出産、育児はマイナスのものというイメージしか持たないできた。それは自分の母親を見てきたからである。今になって子どもを生み育て、家族と一緒にいるというすばらしい世界があることを知った。家庭、育児の楽しさを皆に広げていきたい」というものである。
(人材ビジネス 2006年7月1日/vol.240 連載第2回 永田町から より)