政策方針

首尾一貫、適切な日本の対応
 
緊迫、危機管理センター
 7月に入って、政治の中心的な話題は北朝鮮のミサイル発射問題だった。6月18日に国会が閉会となり、政局は自民党総裁選挙一色となり、歳出歳入一体の改革と新経済成長戦略を両輪とする「骨太の方針」をめぐる議論などが中心になると思われていたが、ミサイル事件の前にかすんでしまった。
 北朝鮮がテポドンの発射準備をすすめていることが発覚して以来、世界各国がその中止を警告してきており、北朝鮮が発射を強行するかどうか、不安が高まっていた。
 しかし、発射強行の7月5日未明、日本で注目されていたのは北朝鮮ではなく、韓国とサッカーW杯だった。当日は勧告調査船が竹島海域へ侵入することが予定されており、わが国の対応に関心が持たれていた。もう一つ、同日未明のW杯準決勝、ドイツ・イタリア戦も注目を集めていた。
 私自身、そんなこともあって4日は深夜まで起きていて、宿舎で書類などを見ていたが、5日の朝3時50分ごろ、電話でミサイル事件の通報があり、総理官邸へ急ぎ招集された。状況がよくわからないままに官邸に向かう途中、複数発を発射した模様という情報が入り、どういうことなのか、予想以上の事態に緊張感が高まった。
 官邸地下の危機管理センターには官房長官、外務大臣、防衛庁長官を中心に、関係部局の担当者が集合し、緊迫した雰囲気のなかで情勢把握や対応を協議した。
 当日の対応は、北朝鮮に対する当面の制裁措置を即時に発表するとともに、時機を置かずに国連に対する安保理決議の提案、各国への要請・説明をおこなうなど、迅速で適切だったと思う。
 私は内閣官房副長官として政府と与党の連絡役を務めたが、事件の性格上、北朝鮮の意図や飛翔体などについて、詳しい情報が少ないというもどかしさはあったものの、あわてたり混乱したりすることなく、てきぱきと必要な対応が行われた。
 これは、事前にいろいろな事態を想定した対応策を、米国とも協議しながら検討されていたことによるものであり、災害時を含め、以前に比べて危機管理体制が格段に整備されてきたことは評価されるべきことと思う。
小泉外交の成果
 北朝鮮への対応の舞台は国連に移り、安全保障理事会は中国、ロシアを含む全会一致によって、北朝鮮に対する強い非難とミサイル再発射防止の措置を決定した。さらに、ロシアで開かれたサミット(主要国首脳会議)においても、北朝鮮に対する強い警告メッセージが出された。
 わが国だけでなく、世界の安全を脅かす北朝鮮の暴挙に対し、中国、ロシアの消極的な姿勢にもかかわらず、このような明確な措置がとられたのは、日本が一貫して毅然とした姿勢、主張を堅持した結果であり、日米同盟を基盤とした国際連携を基本とする小泉外交の成果といえる。
 6月29日、小泉総理とブッシュ大統領のワシントンでの日米首脳会談に同席したが、90分に及ぶ会談の半分近くは北朝鮮問題に費やされ、このような信頼関係が今回の対応の成果につながったと思う。
事件を通じて考えさせられたこと
 事件そのものへの対応は一段落といったところだが、これで問題が解決したわけではない。今回の事件は、日本の外交、防衛のあり方について、今後考えるべき多くの課題を現実の問題として突きつけた。安閑としてはいられないとの思いを深くしているが、事件を通じて気になったことがある。
 一つは、北朝鮮の実態に対する国民の関心、理解がどうか、ということである。北朝鮮の国内の惨状、金正日政権の実態、軍事的脅威について、どれだけの情報や理解が共有されているだろうか。
 アフリカ、中東など紛争地域での惨状はたびたび報じられているのに対して、隣国の北朝鮮についてはどうであろうか。軍事的脅威についても、ミサイルが来ても日本やアメリカはすべて打ち落とせると思っている人や、ミサイルが一発落ちれば東京は壊滅すると思っている人を見かけると、今後、冷静な議論が必要なだけに心配になる。
 その点、事実に対する国民の認識や理解に決定的な役割を果たすのはマスコミであるが、ミサイル発射騒ぎの最中に北朝鮮に招待されたマスコミ各社は、関連報道をしたのだろうか。帰国後の訪問団に取材した記事がほとんど見られないことも気にかかる。マスコミには自らの役割をきちんと果たしてもらいたいものである。
 国連での折衝の経緯を見て思うことは、言うべきことをきちんと言う姿勢が必要だということであり、その意味で、小泉外交は日本外交において画期的といえる。同時に、どの国も自国を中心に考えており、国際社会はしたたかで複雑だということである。
 今回も、北朝鮮問題よりイスラエル問題やイラン問題を中心に考える国があることは当然であり、その中で北朝鮮問題に目を向けさせたことは大変な努力だった。国際社会の中で日本が理解され、大事にされるようにする戦略、普段の努力が必要であることを痛感する。
気になる無責任な議論
 国連やサミットの結果について、マスコミの評価は大いに分かれている。勝ったのはどこかについて、日本、日米、中朝、米中、北朝鮮などさまざまである。
 国際社会では各国のいろいろな思惑が錯綜しており、それぞれが論拠とするところは、考えておくべき視点の一つだと思うが、何らかの意図を持って「ためにする議論」ではないかと気になる。
 特に、実際にどうすべきかという提言などもないまま、「日本外交は失敗だった」と言い募るのは、国民を不安に陥れるだけではないかと、鼻白む思いがする。
 もう一つ、安保理決議によって「自民党総裁選で誰が有利になったと思うか」というマスコミの議員らへの質問が気になった。安倍、麻生、額賀の各大臣とも、総理の下で国のためにいつも連絡を密にし、一致連携して協力している姿を見ていた者にとって、「何を言うか」というのが率直な気持ちである。
(人材ビジネス 2006年9月1日/vol.242 連載第4回 永田町から より)