政策方針

法律と現実の狭間で悩む
 
深刻な社会問題扱う
 法務大臣に就任してほぼ1ヶ月。連日、所掌事務の勉強に追われていますが、国民の期待に応え、職責を全うする決意です。
 法務省の組織は検察庁、刑務所、少年院、登記などの法務局、出入国にかかわる入管局などです。民法、刑法という、国民生活、経済取引、治安維持の基盤をなす法律を所管しており、きわめて重要な役割を果たしています。
 私は、もっと国民の皆様に親しまれる役所にしたいと考えています。法務行政が話題になるのは、事件が起きた時です。事件は、犯罪にしろ、裁判沙汰にしろ、何らかの切迫した事情の下で起きるわけで、社会の深刻な部分を扱う役所といえます。
 事件が起きると、法の適用をめぐり、役所はけしからん、血も涙もない、という議論になりがちです。それが感情的であったり、誤解や無理解によるものなら好ましいことではありません。
 日ごろから法律、制度について国民の皆様に知っておいていただくことは、民主政治を確立する上で重要であり、それも法務省の大事な仕事だと思っています。
 法務大臣就任後、私に寄せられた意見の多くは、死刑執行に関するものでした。その後、高田夫妻が米国人に依頼して生まれた子の出生届をめぐる東京高裁決定があり、長野の医師によって、祖母が娘の子(孫)を出産した事実が公表されたことから、代理出産について意見がたくさん送られてきました。いろんな意見があることはよいのですが、論点をよく知っていただきたいと思います。
気の重い死刑執行命令
 死刑執行に関しては、「すぐにでも執行命令に署名せよ」との意見が圧倒的多数でした。刑事訴訟法により、死刑は確定後6ヶ月以内に執行することとされています。
 ただし、(1)再審請求、恩赦の請求がある者はその結果が決定するまで、(2)死刑の確定した者に共犯者がある場合は共犯者の裁判が確定するまで、は執行しなくてもよいと規定されています。
 現在、死刑が確定した者は90人で、そのうち(1)と(2)の規定に該当する者が約半数です。死刑確定の者は最近、増加傾向にあり、未執行の者も増えつつあります。また、死刑確定から死刑執行までの期間は、再審請求の審査などに時間を要することなどから平均7年半となっています。
 死刑は人の生命を絶つという重いものですから、慎重に判断すべきことですが、一方、法治国家において確定判決が執行されないということは許されないことです。
 法務大臣は法の執行という責務を負っている。このことを十分に認識して判断したいと考えていますが、いずれにしても個人的には気の重い役目です。
生命倫理に揺れる代理出産
 代理出産については、「代理出産を認めないのはけしからん」という意見が圧倒的に多数でした。
 この意見には、「不妊の女性の気持ちになれ」、「生まれてきた子どもがかわいそう」、「少子化対策に反する」というものから、「科学が進歩した時代に、古い考えにしがみつくな」、「官僚の面子にこだわるな」、さらには、「現実にたくさん行われているではないか」、「DNAでは子どもであることが明確でないか」、「行政は高裁決定に従うべきだ」など、いろんな方向からのものがありました。
 単なる事実としては、そのように見えるのはそのとおりですが、科学技術と生命倫理の関係、個人の問題と社会全体のありかたなど、もっと深刻で多角的な問題ではないか、というのが率直な思いです。
 当事者にとってはきわめて深刻なだけに難しい問題で、特に子どもの持てないご夫妻については、いい解決方法があればと本当に思います。そのために問題の本質、論点はどこにあるかをきちんと議論しなければならないと思っています。
 詳細は紙面の都合で述べられませんが、この問題は、「代理出産によって、子どもを生むことは許されるか」という論点と、「そのようにして生まれた子どもを、法律上どのように扱うべきか」という論点に分けて議論する必要があると思います。
 生殖補助医療技術が進歩する中で、この問題は以前から取り上げられており、2003年の厚生労働省の審議会の結論は、代理出産は第三者の人体そのものを妊娠・出産のために利用するものであり、「人を専ら生殖の手段として扱う」ことになる、第三者に妊娠・出産という多大な危険性を受けさせ続けるものである、などとして認めていません。
 これはアメリカの一部の州などを除き、多くの国が取っている政策です。ただ、当時も十分な合意をみるに至らず、法的措置は講じられないままに今日に至っています。子どもを持てない夫婦の気持ちを大事にすべきであり、科学技術の進歩に応じた制度にしていくべきであるにせよ、まだまだ社会的合意が形成されるには至っていないのが現実です。
 仮に代理出産を認めないことにしても、代理出産により生まれた子どもをどう扱うかの、現実の問題が残ります。現行法では養子縁組制度、さらに特別養子縁組制度を活用することになりますが、それでいいかどうかも議論すべきことです。
 国民的合意を得て法的措置をきちんとすることが望ましいことは言うまでもないことです。しかし、ことが生命倫理に関わることであり、広範な合意を得る道筋をつくること自体、大変な難問といわざるを得ません。各方面の意見に耳を傾け、少しでも議論が進展するよう努力していきたいと考えています。
(人材ビジネス 2006年12月1日/vol.245 連載第7回 永田町から より)